「3.11の被災地で、震えた指を温めた味。元新聞記者が赴任先で舌に刻んだ『地域の魂』3選」

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はじめに:新聞記者が足で稼いだ「本当においしい」郷土料理

新聞記者は地方に赴任した際、各地域の隠れた郷土料理に出合います。

驚くほどおいしい料理も少なくありません。その土地の歴史と文化が味や形に凝縮され、その地域だけに留めておくのはもったいないと感じます。

私の30年の記者生活で特に印象に残ったのは、金沢の「治部煮」茨城県の「あんこう鍋」三重県伊賀市の「伊賀牛」でした。

独特の風味と味わいがあり、地域で長く愛され続けています。

いずれもグルメサイトの星の数では測れない味。

大災害の取材に駆け回り、凍える体で飛び込んだ店で出合った一皿もあります。

私が、赴任生活で舌に刻んだ『地域の魂』とも言える郷土料理をご紹介します。

1. 加賀百万石の歴史を味わう:金沢の「治部煮(じぶに)」

金沢市の「治部煮」は、加賀料理を代表する煮物です。老舗料亭では必ずと言っていいほど供される一品で、江戸時代から続く武家料理とされています。

金沢には39歳で赴任しました。街中は江戸時代にタイムスリップしたような古い建物が並ぶテーマパークのよう。その中に加賀料理を出している老舗料亭あります。

市内では、つば甚、かなざわ石亭、金茶寮、大友楼、山乃尾、浅田屋などが人気です。

料亭はキャンペーン中のランチ時間に安い料金でコース料理を味わうことができます。私は、それを利用して多くの人気料亭に通いました。

印象に残った一つが治部煮です。料亭ごとに入っている肉や加賀野菜などが違い、それぞれに楽しめました。寒い冬には気持ちまで満たされました。

名前と由来の謎

「じぶ煮」の名の由来には諸説あります。

  • 考案者とされる「岡部治部右衛門」の名から取った説
  • 鍋で「じぶじぶ」と煮る擬声語から来た説

独特の調理法と味わい

大きめのそぎ切りにした鴨肉(または鶏肉)に小麦粉をまぶし、金沢特産の「すだれ麩」や季節の野菜と共に出汁で煮込みます。

小麦粉が肉の旨味を閉じ込め、汁にとろみがつくため、寒い冬でも体が芯から温まります。

輪島塗の美しいお椀に盛られ、薬味のわさびを天盛りにすることで、甘めの味付けが引き締まり、鴨肉の柔らかさと見事に調和します。

金沢の地酒「天狗舞」や、炊きたての石川県産コシヒカリとの相性は抜群です。

2. 冬の味覚の王様:茨城の「あんこう鍋」

「東のあんこう、西のふぐ」と並び称される高級食材、あんこう。

茨城県内の平潟、大津、久慈、那珂湊などの漁港で多く水揚げされ、特に冬の常磐沖で獲れるものは「常磐もの」として市場で高く評価されています。

鮮烈だった「吊るし切り」の光景

私が水戸支局に勤務していた頃、ひたちなか市の漁港近くで見た光景は忘れられません。店の前に全長1メートルほどの巨体が三脚に逆さ吊りにされていました。

あんこうは体が柔らかく表面がぬめっているため、まな板ではなく「吊るし切り」という独特の技法で捌かれます。

漁師のスタミナ源「どぶ汁」

元々は漁師が船上で食べていた「どぶ汁」がルーツ。水を使わず、あんこう自体から出る水分と肝、味噌だけで作る濃厚な味わいです。

見た目はグロテスクですが、身は高タンパク・低カロリー。さらにコラーゲンたっぷりで、肝にはビタミンAやEも豊富に含まれています。

【現地で味わえる名店】

  • 海鮮レストラン 浜辺(ひたちなか市)
  • 五鐵 夢境庵(ごてつ むきょうあん)(水戸市)
  • 磯料理 山水(大洗町)

私が水戸支局にデスクとして勤務していた2011年3月、東日本大震災に見舞われました。支局が入るビルは、崩れて閉鎖になりました。

県庁の記者クラブを臨時支局として被害状況の記事を出稿しました。混乱の中、1年以上、ほとんど休みなく働きました。

茨城県内の各都市は明かりが消え、避難所に人が集中。街がなんとか機能を取り戻すには2年ほどかかりました。

特に海沿いの街は特に被害がひどく、漁港や飲食店が再開するにはかなりの時間がかかりました。

そんなとき、復興の応援も兼ねて茨城県ひたちなか市の漁港近くの店にあんこう鍋を食べに行きました。

店に入ると、コースであんこ料理が次々と運ばれます。あんこう鍋をメインに、あん肝、あんこう共酢、あんこうソテー、あんこう唐揚げ、おじや、香の物のあんこうが出てきました。

たくさんたべてもくどくなく、さぱりした食感。少しずつ港町の復興を感じながら、名物を味わいました。さらなる復興に向けて記事で応援したくなる料理でした。

3. 知る人ぞ知る幻の肉:三重県の「伊賀牛」

三重県の牛肉といえば松阪市の「松阪牛」が全国的に有名ですが、私は同県伊賀市の伊賀牛のことも取り上げたいです。

私が伊賀に赴任した際、地元の商工会の人から「松阪牛より旨い肉がある」と聞かされました。伊賀牛を食べてみると、その通りでした。

なぜ「幻の肉」と呼ばれるのか

伊賀牛は、伊賀・名張両市で大切に育てられた黒毛和種の未経産(出産を経験していない)メス牛です。

年間出荷頭数が約1,300頭と非常に少ない。

約8割が伊賀地域内で消費され、県外にはほとんど出回らない「幻の肉」と呼ばれています。

松阪牛に比べて脂身がしつこくなく、身が引き締まっていて、噛むほどに赤身の旨味が広がります。

伊賀牛の歴史は古く、昭和初期には近江牛の「素牛(もとうし)」として出荷されていたほど。豊かな水と盆地特有の寒暖差がある伊賀の風土が、この極上の肉を育んでいます。

私が伊賀支局長に赴任した時、お米や野菜、肉など農畜産物がとてもおいしい土地だと感じました。古くから京都、奈良、伊勢と関係が深く交通の要所だったことが関係していたのでしょうか。洗練されているように思います。

大阪や名古屋から食べに来るファンも

伊賀市中心部にある人気の老舗すき焼き店「金谷」に行きました。

2階の座敷に通され、着物姿の女性店員が鍋に薄切りにした伊賀牛を入れ、砂糖と醤油をかけていきます。炭の火勢を調整しながら焼いてくれました。

鍋から取った肉は、卵を閉じた碗にさっとくぐらし、口に入れると甘く、やわらかい食感が伝わってきます。少し遅れて肉汁が口の中に広がります。

以前、松阪牛を食べたことがありましたが、伊賀牛のほうがまろやかでおいしいと私には思えましたここでしか食べられないという特別感がそう感じさせたのかもしれません。

近くの人気すき焼き店「森辻」でも支局の打ち上げに使いましたが、こちらも金谷に劣らず、伊賀牛をおいしく楽しめました。

支局員や特別参加した上司の満足した顔は、今でも忘れられません。

伊賀牛をめぐっては、大阪や名古屋からわざさわざ食べにやってくるファンも少なくない。分かる気がしました。

まとめ:食から地域の歴史を紐解く旅へ

金沢の治部煮、茨城のあんこう鍋、三重の伊賀牛。

これらはいずれも、その土地の風土や歴史が育んだ唯一無二の絶品料理です。

ただ「食べる」だけでなく、その背景にある文化を知ることで、旅の味わいはさらに深まります。

皆さんもぜひ、これら「本物の味」を求めて現地を訪れてみてはいかがでしょうか。

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シュレディンガー
報道記者
主要マスコミに勤務。記者、デスクとして東京、大阪、地方での取材経験あり。最近はサイエンスコミュニケーター目指して宇宙物理や量子力学を学んでいる。
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