「元気にあいさつ」の呪い 強要はハラスメントか?|サラリーマンが損しない処世術
あいさつ強要はハラスメントか?
会社では、あいさつの大切さを上司や先輩からうるさく教えられる。
守らないと「ダメな奴だ」と烙印を押された。
職場では、あった、なかったでもめることも。
上司や先輩は無視されることがいや。尊敬される特別な存在だと思いたい。
ならば相手を上機嫌にさせたり、自分に有利に働くように仕向けるのに使えないだろうか。当然、心はこもっていない。そこは演技力。
新聞社で長年勤務して学んだ、あいさつの極意についてお伝えしたい。
やり方を間違わなければ、あなたの味方になってくれるはず。
あいさつを強要する上司は多い
記者生活を振り返ると、「元気にあいさつしなさい」と口うるさく言う上司は多い。 「自分にひれ伏せ」とでも言っているように見えた。こういう上司には社内外で、できるだけ会わないよう細心の注意を払っていました。
会社の飲み会では、上司は同席する部下たちに「あいつはあいさつがなっていない」と、そこにいない別の部下について怒り出します。「おれにあいさつしないのはとんでもないやつだ」と言って、全員を自分に従わせようとします。
食事をしていてもちっとも楽しくない。芸能界でも、あいさつでもめるのは、新聞社と同じ自尊心が高いベテランが多いためなのかと思ってしまいます。
元気にあいさつ=扱いやすい人と思われるリスク
誰にでもにあいさつするのが得意ではない私は、仕方なくしていたが、毎朝上司に元気にあいさつすると、必ずといっていいほど仕事を押し付けられた。 「あいさつする奴は扱いやすい」と思われた。これでは完全に損です。
控えめなあいさつは上司に勝手に解釈される
別の記者たちは小声で「おはようございます」と言うのにとどめたり、苦しそうに会釈して通り過ぎたりしていた。 上司は「体調が悪いのか?」「家庭の事情かな?」と勝手に気遣ってくれる。 これは一つの処世術かもしれません。

私も真似しましたが、「本当は大丈夫なんだろう」とバレてしまいます。急にキャラを変えるのは難しい。
人望ある幹部の送別会で味わった失敗
私が地方から東京本社社会部に異動したばかりの頃、人望のあった大物幹部の退職のお別れ会がありました。 出席しないと「仲間に入れない」と焦り、居酒屋の大広間で行われた会に参加しました。50人ほどが、つなげた長いテーブルに座りました。
幹部はなじみの記者たちと盛り上がり、最後に一人ずつ幹部へあいさつする流れになった。 一番後ろにいた私の番が来たとき、ベテラン記者たちから「なんでお前がいるのか」と叱られました。
この幹部とは何の面識もなく、語れるエピソードもゼロ。何も言えず、立ったまま「すいません」「すいません」と謝りました。
同席していた大阪時代の元上司が「気にするな」と慰めてくれましたが、
穴があったら入りたかったです。

あいさつは武器にもリスクにもなる
あいさつをすれば「扱いやすい奴」と思われ、控えめにすると「何かあるのか」と想像される。そのさじ加減が難しい。
それでも当時の社会部長への年賀状で「日韓ワールドカップサッカーの取材班になりたい」と書いたら実現したこともありました。
取材班として東京や札幌、大阪、広島などに出張して選手の親やコーチを取材。チケット転売問題で有楽町の大会本部に何度も通いました。歴史的な大会に参加できたのは貴重な経験になりました。あいさつは夢をかなえることもあると気付いた。
近年、年賀状をやめる人は増えていますが、それでも年始のあいさつの力は、まだまだあると思います。人は、だれでもあいさつをされると気持ちがいい。それだけ、みんな飢えているのです。
結論:あいさつは怖い。でも、うまく使えば武器になる。



