転職活動は「在職中」に始めるのが鉄則。20代で大手全国紙から働きながら脱出した元新聞デスクが教える、リスク最小限の生存戦略

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転職を決意した、あるいは今の職場に疑問を持ったとき、「いつ転職活動を始めるべきか」は人生を左右する極めて重要な分岐点です。

結論から先に申し上げます。転職活動は、絶対に「在職中」に始めるべきです。

在職中に動けば、経済的・精神的な余裕を持った状態でじっくりと次の職場を吟味できます。

万が一、面接や情報収集の過程で「自分が希望していた業務と違う」と気づいたなら、今の会社に居続ける(計画を白紙に戻す)ことだってできるから。

私自身、20代前半の全国紙若手記者時代、過酷な地方支局で通常勤務をこなしながら水面下で転職活動を行い、次のステップへと進むことができました。移籍した現在の新聞社では、30年以上にわたり記者、デスク、そして支局長など務めた。

在職しながら戦略的に動いたからこそ、後悔がない結果を手に入れたと確信しています。職場にばれずに進めるための実践法を、私の体験談を交えて解説します。

1. 退職後では遅すぎる:焦りが「最悪の判断」を招く理由

会社を辞める前に動く最大の理由は「経済的な困窮と焦り」から自分を守るため。

会社を退職してから転職活動を始めると、毎月の安定収入が途絶えます。貯金が目減りしていく中での生活費の心配、将来への不安や焦りは、正常な判断力を狂わせる。

妥協に妥協を重ねて前職以上のブラック企業を選んでしまう悲劇に陥りかねない。

「良い転職先がなければ、今の会社に残って給料をもらい続ければいい」という、強力な選択肢を持てること自体が、転職活動における最大の強みになるのです。

2. 実体験:超過酷な地方支局で働きながら、私が水面下で進めた「脱出計画」

私の場合、20代前半の大津支局時代、殴る蹴るのしごきや徹夜勤務の合間を縫って、別のマスコミへの応募を開始しました。

当時のやり方は、今の時代よりもはるかに泥臭いもの。

候補に挙げたマスコミ会社の人事部へ直接電話をかけ、「中途採用の募集は行っていますか」と確認した。結果、2社から前向きな返答をもらい、そのうちの1社の面接へと進むことになりました。

「病欠扱い」で面接へ。通常勤務を続けながら掴んだ内定

問題は、激務の支局勤務でどうやって面接時間を捻出するか。

私は面接当日、支局に「体調不良による病欠」として連絡を入れ、転職を希望する社で行われる面接試験に出席した。採用選考はスムーズに進み、内定を勝ち取ることができたのです。

採用の最終決定が下りるその日まで、私は周囲に転職の気配を悟られることなく、普段通りに支局での通常勤務を続けました。

前の新聞社では、相変わらずパワハラや長時間の奴隷労働が続いていたが、内定(切符)を握りしめている自分にとっては、「この会社を辞めるという選択は100%正しい」という確信を強めるためのスパイスに過ぎませんでした。

3. 在職中だからこそできる、記者クラブでの「他社のリアルな情報収集」

在職中に転職活動を行う隠れたメリットは、「働きながら、他社のリアルな内部事情を仕入れられる」という点にある。

県庁所在地などの赴任地(記者クラブ)には、全国紙、NHK、地元紙、民放テレビ局など、ありとあらゆるメディアの支局が一堂に集まります。

私は取材活動を通じて、他社の記者たちと交流し、仲良くなっていきました。食事に行くことも増えた。関係を築く中で、彼らから各社の社内事情や勤務実態を本音ベースで教えてもらえた。

他社を見て初めて気づいた、我が心の「職場の異常さ」

彼らから聞く話は、驚きの連続。他社は驚くほど自由で、若手でもモノが言える、極めて「民主的な職場」だったからです。

毎日2時間しか眠れず、上司や先輩から暴力を振るわれていた私は、他社の健全な姿を知ることで初めて、「自分の職場は異常だ」と気づくことができた。在職しながら他社の生きたファクトを集められたことが、転職先を正しく見極める上で、重要な判断材料となりました。

日頃から私の支局内でのパワハラ被害を見ていた他社の記者仲間は、「あそこまでされていれば辞めて当然だ」と応援してくれました。

4. 「お前のため」という引き留めの嘘:上司の「保身」を見抜く眼力

内定を得た後、当時の支局長に正式に退職の意思を伝えた。

案の定、同僚の先輩記者から激しい引き留めに遭いました。それは、彼らが私を心配してではなく、支局長やデスクから「あいつを説得して思いとどまらせろ」と裏で指示されていたからに他なりません。

新聞業界、ひいては一般的な組織において、若手や中堅社員が突然会社を辞めるというのは、「あの支局(部署)のマネジメントに問題があるのではないか」と本社から疑われるスキャンダルになります。

私自身、業務上の問題行動を起こしていたわけでもなく、研修時からも真面目な記者として見られていたため、なおさらでした。

無責任な甘い言葉と雑音はすべて無視せよ

私は、退職理由を「実家の事情(家庭の都合)」という、会社側が立ち入れない一点に絞って交渉を進めました。

支局長からは「日本一の新聞社を、なぜ辞めるんだ!」と激昂されましたが、「自分の命と尊厳の方がはるかに大切」と腹をくくり、押し切りました。

「3年も我慢できない奴は、どこへ行っても使いものにならない」「最近の若い記者は弱い、根性がない」

職場を去る際、周囲からは雑音や精神論が飛んでくるもの。

断言しますが、これらはすべて大嘘です。 古い組織の人間が、狂った労働環境やパワハラ体質を正当化するために、若者に責任を押し付けているだけ。

上司や先輩の無責任な言葉に騙されてはいけません。

5. 業界内の転職ならではの強みと、絶対に「ばれてはいけない」鉄の規則

在職中の転職活動において、絶対に守らねばならない「鉄の規則」があります。それは、漏らしてはならないということです。

マスコミ業界の人間は「おしゃべり」。信頼して「ここだけの話だけど……」と同僚に話は、職場全体、他社へ筒抜けになります。

転職活動がばれてしまえば、上司から妨害を受けたり、計画そのものが潰されかねません。絶対にNGです。

6. 新しい職場で知った現実:マスコミ中途転職組の輝かしい活躍

今の会社に入社して驚いたのは、自分と同じような「転職経験者」がたくさん在籍していたというファクトでした。

前職は、他の全国紙や、業界紙、地方紙の同業他社はもちろん、銀行や石油業界といった異業種からキャリアチェンジしてきた人間まで多種多様でした。

新しい職場で、私はハンデや差別を感じたことはありません。昇進のスピードや配属部署においても、生え抜き(新卒)と中途の差は完全にフラットでした。

厳しい環境を生き抜いてきた「転職組」の方が、バイタリティにあふれ、現場で良い仕事(スクープ)をしているケースが多かった。

「出自の差など問題にしない」、これこそが「まともなメディア」のあるべき姿。実際、社の役員や幹部を見渡しても、中途入社から上り詰めた人間が当たり前のように席を並べていました。

まとめ|「いつでも脱出できる」という選択肢が、あなたを無敵にする

20代の私を救ったのは、転職そのものではなく、『いつでも辞められる』という選択肢だった。

私の長いキャリアの中で、「勇気を出して転職して、後悔した」という人には、ほとんど会ったことがありません。

転職活動という行動を起こすことは「自分は本当は何がしたいのか」「このままでいいのか」を真剣に問い直す、最高に建設的な機会。そのプロセスで、今まで気づいていなかった才能や、適性に気づくことも少なくありません。

会社は人生の責任を取ってくれません。自分の未来を守るための防衛策として、在職のまま、新しい世界の扉をそっと叩くことをお勧めします。

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シュレディンガー
報道記者
主要マスコミに勤務。記者、デスクとして東京、大阪、地方での取材経験あり。最近はサイエンスコミュニケーター目指して宇宙物理や量子力学を学んでいる。
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