【記者の現場ノート】池田小事件・裁判傍聴で見た「負の連鎖」|モンスターを生み出さないために
事件報道をする際、真実は何か。市民に伝える意味は何か。教訓として何を読み取るかー。報道機関は常にそれを念頭に取材しています。
このことを強く感じたのは、2001年に大阪で起きた大教大付属池田小学校児童殺傷事件。日本の教育史上最も衝撃的な出来事でした。
犯人が事件を起こした背景は何だったのか。取材していくと、犯人の男性元死刑囚の生い立ちや社会への恨みが動機にかかわっていたことが見えてきました。
それは、私たち日本社会が抱える格差社会の問題でもあります。
本記事は、凄惨な事件を振り返ることを目的としたものではありません。2003年の裁判取材を通じて得た知見をもとに、犯罪の背景にある社会構造や精神医学的課題を考察し、再発防止のあり方を考えるための記録です。
児童殺傷事件の裁判から学んだこと ― 記者として変わった「事件報道の視点」
大教大付属池田小児童殺傷事件は、被害者や遺族のことを思えば、決して許されない犯罪であることは間違いない。しかし、なぜ加害者はこのような事件を起こしたのか。その背景を探ることで、同じ悲劇を繰り返さないための教訓を導き出したいと裁判や関係者、弁護士の取材に臨みました。
事件は、犯人が校内に侵入し、無辜の児童たちの命を奪うという非道な犯行に及んだ。児童8人が死亡、児童13人と教員2人が重軽傷を負った。わずか数分間の惨劇だった。
大教大池田小は府内の優秀な児童が集まる学校として知られていた。
犯人は社会への強い不満やエリート層への一方的な恨みを募らせていた。公判中も遺族に暴言を吐くなど反省の態度は見せなかった。
彼は国立大の付属校に通う子どもたちを「エリートの卵」とみなし、その親たちを「社会の勝ち組」として激しく憎んだ。
父親は厳格で暴力的な一面があった。幼少期からの逸脱行動が目立っていた。
後の精神鑑定で、思いやりが著しく欠け、周囲から見られているという過敏な自意識、特異な発達障害と指摘された。
犯行当時、別の傷害事件での裁判を抱え、「どうせ刑務所に行くなら、もっと大きなことをしてやろう」と自暴自棄に陥った。
裁判で明らかになった被告の生い立ちと心理
被告人(当時)の弁護士は、事件の背景を解明するために被告の生い立ちを徹底的に調べました。
彼はこだわりが強く、一度執着すると抜け出せない性格でした。小さなトラブルを繰り返すうちに社会から孤立し、孤独を深めていきました。
救いを求めて臨床心理士や精神科医を訪ね歩いたものの、自分を理解してくれる専門家には出会えませんでいた。
絶望のあまり高層の精神科病棟から飛び降り、顎に大けがを負ったこともありました。その後、かみ合わせが悪いなどの後遺症に苦しみ、彼の心身に大きな影響を与えました。
こうした積み重ねが社会への逆恨みへと変化し、うまくいっている人々を不幸に陥れたいという歪んだ思考に至ったことが裁判で浮き彫りになりました。

犯罪心理を明らかにする意義
証拠調べでは、診察した精神科医や臨床心理士も証言台に立ちましたが、彼らの証言はどこか「人ごと」のように響きました。
弁護士は公判を通して「なぜ犯罪に至ったのか」を解明しようと強い使命感を持っていました。
MRI検査では被告の脳に器質的な特徴があることも判明し、それがゆがんだ思考に関係しているのではないかとの医師の指摘もあり、本人も納得した様子だったといいます。
もちろん、どのような事情があろうとも犯罪は正当化できません。
しかし、犯罪者の心理を明らかにすることは、同じような事件を未然に防ぐ社会的な意味があると私は感じました。
彼は事件以前にも学校の用務員として働いていた際に同僚の飲み物に薬物を混入する事件を起こし、逮捕された。しかし、精神鑑定の結果、「心神喪失」として不起訴となった。
精神疾患を理由に刑事事件を問われないケースと、その後の社会復帰や監視のありかたについて、当時の制度の不備が厳しく批判されました。
まとめ 記者としての気づき ― モンスターをつくらないために
裁判や弁護士を取材し、私は「事件をただ報じるだけでなく、その裏にある人間像を掘り下げる」ことを意識するようになりました。
加害者を単なるモンスターとして描くのではなく、どうしてそこに至ったのかを伝えることが、社会の防止策につながるのです。
事件報道の役割は、再犯防止と社会の改善に貢献すること。
私たちが同じ悲劇を繰り返さないために被害者や遺族への思いを忘れず、同時に「人を追い込まない社会」を目指す必要があると強く感じます。
2022年に発生した安倍晋三元首相銃撃事件で逮捕起訴された山上徹也被告の問題とも重なります。事件は、単なる政治テロではなく、日本の宗教問題や「宗教2世」が抱える過酷な現状を浮き彫りにしました。
日々、さまざまな事件が起きています。
記者の仕事は、起きたことを伝えるだけではありません。なぜ起きたのかを問い続け、社会の欠陥を埋めるヒントを提示すること。その責任の重さを、私はこれらの公判廷で学びました。

