「海外特派員」の悲鳴が聞こえる。円安と物価高で花形部署が崩壊?新聞社で今、一番“美味しい”部署の正体
「早く日本に帰りたい。もう限界だ」 かつて、新聞社の『国際部』といえば、誰もが羨むエリート街道の象徴だった。日本と現地の二重給与、広い宿舎、そして特権的な取材環境。しかし、そんな「特派員バブル」は、急激な円安と経費削減の波にのまれ、跡形もなく消え去った。
欧州から届く特派員たちの悲鳴。かつての輝きを失った国際部に代わり、今、社内で最も強大な権力と予算を握る「真の花形」はどこなのか。
私は30年の記者生活の中で、5度にわたる留学試験への挑戦と、組織の中枢で起きた「現場の解体」を目の当たりにしてきた。 入社後に「こんなはずではなかった」と絶望しないために。現役記者が口を閉ざす、報道機関の『格付け』と変質したキャリアの正体を、ここにすべて書き記す。
報道機関の花形部署はどこか?
国際部は社によって事情は異なります。NHKや読売新聞のように最初から国際部に配属されるケースもあれば、私の社のように「出身部署 → 国際部 → 元の部へ戻る」というパターンもあります。
最近は、経費削減で海外赴任先が減り、海外の政情不安や物価高騰から人気が下がりつつあります。給料は日本円で支給。円安が急激に進み、物価が高すぎるので早く帰国したいと悲鳴を上げる特派員もいるほど。
今では国際部の人気は、下がり気味。今は社会部と政治部が双璧でしょうか。
国際部から海外特派員へ
国際部に配属されると、次は 海外特派員 への道が開けます。
- 社会部系 → ニューヨーク、カイロ、バンコク、モスクワ、北京支局
- 政治部系 → ワシントン支局
- 経済部系 → ロンドン支局
といった具合に担当が分かれます。
特派員になる人は大きく3パターン。
- 留学試験に合格 した記者
- 大変な取材やデスク業務をこなしたご褒美 として行く人
- 局内で扱いづらくて遠ざけられた人(実際によくある)
赴任期間はおおむね3年ほどです。

留学試験と私の経験
私自身も留学試験に挑戦しました。
アメリカ、ロシア、中国あわせて 5回挑戦しましたが、すべて不合格。
特にロシアは語学や情勢を学ぶ場が東京には少なく、勉強に苦労した。
中国派遣については可能性がありましたが、途中で後押ししてくれる有力幹部がある事情でいなくなり、実現しませんでした。
社会部できつい仕事をしながら留学試験のための語学や論文対策をするのは至難の業。楽な部署で勉強に時間をかけられる人が有利でした。
特派員の待遇は昔と今で大きく違う
十数年前まで、特派員は日本での給与に加えて現地給与も二重に支給され、経済的にかなり恵まれていました。
しかし現在は経費削減で、 日本での給与一本+手当ほぼなし が主流に。
円安や現地の物価高もあり、生活費のやりくりが厳しい。
欧州勤務の特派員から「早く日本に戻りたい」と泣き言が出ることも珍しくない。
花形だった国際部の今
かつて「花形部署」と言われた国際部ですが、新聞社の 部数減・収益悪化 に伴い、海外支局の縮小が進んでいます。
特派員の数も減り、待遇も悪化。
今では「国際部=憧れの部署」という時代ではなくなりつつあります。
結局のところ、生活のしやすさや治安、政情不安、物価の安定を考えると、日本国内で働く方が良いと感じる人も増えているのです。
花形部署は一般紙やテレビ局では 政治部 や 社会部
現在の花形部署は、一般紙やテレビ局では 政治部 や 社会部。経済紙では 経済部 でしょうか。
力を持っているのが社会部の社の場合は、手当も多く経費もかなり認められます。タクシーチケットも自由に使えます。
社長や幹部は編集局長を含めて社会部出身者が占める。社会部は大所帯のため、各部の管理職に社会部出身者が相当数いて、うっとうしく感じる他部出身者は多い。
政治部が強い社の場合は、政治部出身者がトップに就く。政治部員はごく少数のため配属されるのはかなり難関。少数精鋭の政治部出身者がその組織を牛耳ることになり、よりエリート感が助長されます。他との違いが鮮明になります。
経済部が強いのは経済紙。他の一般紙と異なり、経済部出身者が経営や編集の中枢でコントロールしています。
まとめ
- 国際部から海外特派員になるには 留学試験合格や実績 が必要
- 昔の特派員は高待遇だったが、今は 経費削減で手取りは少ない
- 「国際部=花形」という時代は過去のものになりつつある
- 今の報道機関の花形部署は社によって違うが、一般的に 政治部・社会部・経済部
- 「政治部・社会部のパワーバランス」どこの部が天下を取っているかで、会社全体の空気が変わります。



