「高市早苗首相の『息子』が翻弄された福井2区の因縁。取材拒否の壁・高木毅氏を私が『正面突破』できた理由」

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「あの政治家だけは、顔も見たくないんです……」

かつて私の部下だった若手記者は、そう言って目に涙を浮かべていた。

相手は「安倍派5人衆」の一人、高木毅前衆院議員(71)。当時は国対委員長などの要職を歴任する自民党の有力議員であり、地方記者にとっては「取材拒否」の壁が最も厚い、まさに難攻不落の対象だった。

経歴カードの記入は拒まれ、選挙日程すら教えられない。そんな彼を相手に、私はあえて「正面突破」を試みた。

世間を騒がせた「下着泥棒」疑惑や、ライバル山本拓・元衆院議員との県連を二分する死闘。そして、二世議員として背負った亡き父の影。

なぜ、冷徹で知られた彼が、京都府境の静かな町工場で私だけに口を開いたのか。30年の記者人生で掴んだ「どれほど癖の強い相手でも、心の鍵を開ける泥臭い技術」を、当時の生々しい取材記録とともに明かしたい。

そして今、まさに激震が走っている福井2区。

高市早苗首相の義理の息子である山本建氏が出馬を断念するなど、混迷を極める選挙戦。その根底にある、30年前から続く深い「因縁」とは一体何なのか。

「取材したくない」と若手が号泣する、大物政治家の拒絶

高木氏は、福井2区を地盤として活動してきた自民の有力議員だ。2000年に初当選し、8期務めた。敦賀市出身で、父は元敦賀市長。

復興大臣や自民党国会対策委員長、党事務総長などを歴任し、かつては安倍派の「5人衆」として、党の要職を歩んできた。

2015年の大臣就任時には、約30年前の民家に侵入して女性の下着を盗んだとする疑惑が週刊誌で報じられた。本人は否定し、捜査当局の立件もなかったが、国会で厳しく追及された経緯がある。

私が敦賀市に赴任したのは2020年。岸田内閣が総選挙を準備している最中だった。 支局の若い男性記者が、地元事務所の担当者に高木氏の「経歴カード」の記入をお願いした。

しかし結果は、「何度も同じことを書くか。前回のを使ってくれ」と取り合ってもらえない。繰り返しお願いしたが、結局、書いてくれたのは総選挙公示の直前だった。

選挙活動の日程も教えてもらえず、記者は高木氏の選挙カーの後ろを毎日ついて回るしかなかった。当選翌日の取材にも応じず、「これから東京へ行く」という。

記者は仕方なく、JR敦賀駅で待ち伏せをして捕まえるしかなかった。それでもだめなら同じ特急列車に同乗する覚悟だった。

これまでの対応に嫌気がさした記者は、「もう取材したくない」と泣いて上司に懇願する始末。記者をなだめ、説得するのには大変な労力を要した。

■ 疑惑のデパートと「父・元市長」の影

そんな高木氏の取材を、支局長の私が引き受けることになった。支局員から「代わってほしい」と頼まれたからだ。

指定された取材場所は、早朝、支局から最も遠い京都府境・名田庄村にある支援者の町工場。記者への「嫌がらせ」のようにも思えた。

高木氏は待ち合わせの時間に遅れて現れた。190センチ近い身長にがっちりした体格。銀縁眼鏡をかけ、精悍な顔立ちだった。

私は正面から取材の意図を告げた。冒頭、「(ライバルの)山本拓氏の話はノーコメントだ」と釘を刺されたが、私はまず支援者が政治に求める話に耳を傾け、その後に個室で高木氏と向き合った。

彼はマスコミ批判など持論を展開したが、私はそれをじっと聞いた。

彼が落ち着いたところで、原発や北陸新幹線など国や県の課題、そして今回の選挙戦について問いかけた。

驚いたのは、途中から彼が丁寧に話し始めたことだ。支局員から聞いていたのとは、全く違う対応だった。後で県政担当記者から聞いた話では、高木氏は「自分が認めた相手」にしか、きちんと話さないらしい。

■ 「二世議員」の孤独と激しい派閥抗争

高木氏の父は、敦賀市長を長年務め、原発マネーを地元にもたらした功労者として絶大な人気を誇った。

その息子として、高木氏は圧倒的な得票数で当選を重ねてきた。いつも軽快な口調でお調子者にも映るが、その裏には、偉大な父へのコンプレックスや、二世議員としての葛藤があったのではないか。

「下着泥棒」の疑惑については、当時の自民党福井県連会長だった山本拓氏が主導して当時の捜査機関や目撃者などへの聞き取り調査をし、「疑惑は事実だった」と結論づけた。

このことが、福井県連内の「高木派 VS 山本派」という激しい対立を深める決定打となった。私への取材に応じたのは、ちょうど山本氏が同じ選挙区から立候補を検討していることが明らかになった直後。

彼は、自分の置かれている危うい立場を理解してくれる「聴き手」を求めていたのかもしれない。

24年の衆院選福井2区では、公認争いに決着がつかず、山本氏と高木氏の両方が出馬、保守票が割れて2人とも落選した。

山本氏が出馬したのは、高木氏を落とし、長男の建氏に地盤を譲る道筋のためとみられている。

山本氏の現在の妻は、高市早苗首相。山本氏は2004年に浪人中の高市氏と再婚。山本氏は前妻との子供がいた。建氏は高市氏の義理の息子に当たる。

2026年1月27日公示された衆院選では、建氏は福井2区にいったん出馬を表明したが、世襲などを批判した週刊文春報道後に取り下げた。

■ 福井を二分した『嶺南vs嶺北』の代理戦争

そもそも2人の対立が決定的になったのは、2014年衆院選に向けて福井の小選挙区が減らされた際の公認争いだ。

旧2区の山本氏と旧3区の高木氏。

自民党本部は高木氏を小選挙区公認とし、山本氏を比例単独とする裁定を下した。山本氏にとって、これは屈辱以外の何物でもなかった。

ここに北陸新幹線のルートをめぐる「嶺南(高木)対 嶺北(山本)」という福井特有の地域対立が重なり、支持者をも巻き込む泥沼の戦いへ発展した。

2024年の衆院選では、公認争いに決着がつかず両者が共倒れで落選。2026年1月には、山本氏の長男であり、高市早苗首相の義理の息子にあたる山本建氏が出馬を表明したが、週刊誌報道を受けて取り下げるという事態にまで発展した。

■ 結び:面倒な相手ほど「背景」に答えがある

高木氏は裏金問題で役職停止処分を受け、2024年の落選を経て、次期不出馬を表明した。一時代が終わろうとしている。

癖の強い大物政治家でも、その生い立ちや置かれている立場を理解して正面から接すれば、道は開けてくる。相手も「自分のことを理解してほしい」と願っている一人の人間なのだ。

政治家に限らず、どの世界にも「面倒な人」はいる。しかし、彼らの背景を少しだけ掘り下げて調べてから接してみてはいかがだろうか。

そこには、関係を劇的に変える「心の鍵」が隠されているはずだ。

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報道記者
主要マスコミに勤務。記者、デスクとして東京、大阪、地方での取材経験あり。最近はサイエンスコミュニケーター目指して宇宙物理や量子力学を学んでいる。
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