社会人にとって大学は「壁」だった。ノーベル賞学者を輩出した国立N大で、記者が直面した閉鎖性
「学び直し」を志す社会人は少なくありません。しかし、期待に胸を膨らませて門を叩いた先で、理想とはかけ離れた「組織の壁」に突き当たることがあります。
私自身がそうでした。昨年、私はノーベル賞受賞者を輩出した東海地方の国立N大理学部に聴講生として入学しました。サイエンスコミュニケーターを目指し、宇宙誕生の謎を探求したかったからです。
しかし、そこで待っていたのは、探究心を削り取るような「閉ざされた世界」の実態でした。
志した「宇宙誕生の謎」と、名大理学部の閉ざされた門
私が知りたかったのは、京都大の高柳匡教授が提唱した**「量子エンタングルメントから時空は創発する」**という最新の宇宙物理学理論です。「宇宙は量子情報からできている」という驚くべき仮説は、世界に衝撃を与えています。
高柳教授の「笠ー高柳公式」は、21世紀の物理学における最も重要な発見の一つと高く評価され、ブレイクスルー賞や仁科記念賞を受賞しています。私はこの知の最前線に触れたいと、昨年9月にN大理学部へ入り、その手がかりとして量子力学や一般相対性理論の受講を始めました。

「天才以外はお断り」? 教授陣の冷淡と事務局のたらい回し
すでに量子力学を独学で学んでいた私にとって、学部の講義はあくまで基礎。私は担当教員の枠を超え、より深い研究へのアクセス方法を尋ねました。しかし、返ってきたのは冷ややかな言葉でした。
「私の専門ではない」「あれをやっているのは天才ばかりだ。学部生には無理だ」
講義そのものにも、教える熱意は感じられませんでした。ただ板書を写すだけの時間なら、独学の方がはるかに効率的です。さらに、研究室へのアクセス方法を事務局に尋ねれば、理学部、各研究室、研究機構の事務局をたらい回しにされる始末。組織としての機能不全は明らかでした。
実験・観測至上主義のなかで、理論は「ないに等しい」のか
N大理学部には、理論よりも実験や観測を過度に重んじる風潮が根強くありました。オープンキャンパスのブースは実験の展示ばかり。
ある元教授は「N大は実験と観測が中心だ」と言い、別の教授に至っては「実験で確かめられたものこそが真実であり、理論はないに等しい」と、理論物理そのものを全否定するような発言まで口にしました。
それでも道を求めて大学院の研究室を訪ね歩きましたが、教員からは「その研究をやっている人はここにはほとんどいない」と一蹴され、紹介を願い出たメールへの返信もありませんでした。
理学部研究棟の入口や壁には、関係者以外立ち入り禁止の張り紙がでかでかと張られていました。
学生相談室の告白「教授は癖が強く、私たちも苦労しています」
意を決して理学部の学生相談室を予約しました。担当の相談員にこれまでの経緯を打ち明けると、意外な答えが返ってきました。
「教授には癖がある人が多く、私たちも苦労しているんです」
コミュニケーションが取りづらく、自分の研究以外に興味がない。教育への熱意も薄い。それが、組織の内側から見た教員たちの実態だったようです。相談員は最後にこうアドバイスをくれました。 「あなたなら自分で動けるはず。名古屋にこだわらず、京都大学や学会へと視野を広げた方がいいですよ」

AIが示した脱出路。Geminiとの対話で救われた向学心
人間の相談員でも拉致があかず、私は生成AI「Gemini」に教えを乞いました。するとAIは、私の置かれた状況を驚くほど冷静に、かつ温かく分析してくれたのです。
「今の環境で学部生がその分野に深く入り込むのは、システム上非常に難しいのが現実です。それは大学という古いシステムの弊害であり、そこにエネルギーを使いすぎると、貴重な向学心が削り取られてしまいます」
Geminiは、N大という枠組みを脱出し、京大の基礎物理学研究所や京都のサイエンスカフェ、学会へ直接参加することを勧めてくれました。
新天地、京都へ。ホログラフィ原理が結ぶ新たな仲間を求めて
AIのアドバイスに従って調べると、4月末にホログラフィ原理の講演会(橋本幸司教授)や、5月末には高柳教授グループによる国際学会が開かれることがわかりました。いずれも参加する予定です。

大学という箱は辞めても、学ぶことをやめる必要はありません。組織の壁を飛び出し、本物の「知」が集まる場所へ。そこで出会う新たな仲間や学びの報告は、また改めてお届けしたいと思います。
