科学をもっと好きになるには|ピタゴラス・ニュートン・アインシュタインの人間くさいエピソード
科学を好きになるには、どうしたらいいでしょうか。いきなり難しい数式や理論から入るよりも、科学者の人となり、エピソードから入るのも一つの方法です。
科学者の輝かしい功績も生い立ちや育った時代、運命、人との出会いが大きくかかわっています。歴史に名を刻んだピタゴラス、ニュートン、アインシュタインらも功績の裏に人間らしい一面が隠されています。
天才も私たちと同じように悩んでいた。
彼らの素顔をたどりながら、科学を身近に感じてもらえたら。
ピタゴラスが発見した「音階の法則」
音階を最初に体系化したのは、数学者ピタゴラス。
きっかけは、鍛冶屋から聞こえてきた「カンカン」というハンマーの音。
音の高さに違いがあることに気づき、ハンマーの重さと音の規則性を調べたところ、
音の振動数の比率に数学的な法則があることを発見します。
1オクターブ上の音は周波数が2倍、完全五度は1.5倍
これが「ピタゴラス音階」の原型です。
ただし、この音階にはわずかなずれがあり、完全な調和とはいえませんでした。
その後、バッハが「平均律」を作り、12の音を等比的に並べることで現代音楽の基礎を築きました。
ピタゴラスは「ピタゴラス教団」を設立し、数学・音楽・哲学・宗教を融合させた思想を広めました。
しかし、整数で表せない「無理数」は不完全なものとされ、研究から外したと伝えられています。無理数を口外した弟子が処罰されたという伝説も残っています。

ニュートン ― 執念と孤独に生きた天才
アイザック・ニュートンは、現代物理学の基礎を築いた人物。
性格は非常に気難しく、激しい気性で知られていました。
学生時代は友人に利子をつけてお金を貸していた記録もあり、
人間関係では冷徹な一面を見せています。
王立協会の会長に就任した際、
かつて対立していたロバート・フックの肖像画を一つ残らず処分させたという逸話もあります。
ニュートンは「錬金術」や「神学」に深く傾倒していました。
残された著作の中では、神について書かれたものの方が、
物理や数学の論文よりも多かったといわれます。
彼にとって科学は「神がつくった世界を読み解くための言葉」でした。
晩年は結石に苦しみ、生涯独身のまま静かに生涯を閉じた。
王立造幣局でのもう一つの顔
ニュートンは大学を辞めた後、英国王立造幣局の監事としても名を残した。
当時のイギリスは、銀貨の削り取りや贋金づくりが横行し、経済が混乱。政府は難題の解決をニュートンに託します。
ニュートンは囚人をスパイとして使うなど、驚くほど執念深く調査を進め、
贋金犯を次々と摘発。やがて造幣局長官にまで昇進します。
その報酬は、大学教授時代の約16倍。
ニュートンは東インド会社にも投資しており、莫大な富を得た。不動産も多数所有していました。
科学者でありながら、行政官・経済人としても非凡な能力を発揮しました。
アインシュタイン ― 理論と愛のあいだで
第一次世界大戦のさなか、アインシュタインは一般相対性理論の完成に挑んでいました。私生活では妻との離婚問題に苦しんでいました。
彼は離婚に同意してもらうために、
「将来ノーベル賞を受賞したら、その賞金をすべて渡す」と約束しました。
この条件で離婚が成立し、のちに彼は再婚。
そして2年後、ノーベル物理学賞を受賞して約束を果たしました。
エットーレ・マヨラナ
天才物理学者エットーレ・マヨラナは1938年、謎の失踪を遂げました。
31歳の若さながら国際的に優れた物理学者。イタリア・シチリア島のパレルモからナポリ行きの船に乗り、消息を絶ちました。以後数十年にわたって目撃証言があったものの消息は未だ謎です。もし本当に生きていることが分かればノーベル物理賞が授与されてもおかしくない人物でした。
粒子がそれ自身の反粒子でもあるという奇妙な粒子の存在を考案し(マヨラナ粒子と呼ばれる)、2012年、発見・確認され、理論の正しさが立証されました。
ソフィー・ジェルマン
18世紀末のフランス。女性が学問を禁じられていた時代に、数学に情熱を注いだのがソフィー・ジェルマン。
革命の渦中にあった18世紀のフランスで生まれ、当時の「女性は学問をするものではない」という価値観に囚われることなく自分の好きな数学を学び続けました。
彼女は男性名「ルブラン」を使い、講義ノートを借りて独学。
後に認められ、パリ王立科学アカデミーで女性初の受賞を果たします。
まとめ:天才もまた、人間である
ピタゴラス、ニュートン、アインシュタイン…
科学の歴史を形づくったのは、完璧な天才ではなく、
情熱と矛盾を併せ持つ「人間」でした。
彼らの素顔を知ることで、
私たち自身の中にある“探究する心”を呼び覚まされるのではないでしょうか。



