実験 vs 理論──宇宙物理学バトルの舞台裏

宇宙物理学の世界は「実験・観測」と「理論」とに分かれます。互いの考えに相いれない部分があり、距離感を感じます。
宇宙物理学には「実験派」と「理論派」がいる!?
秋から通う予定の国立大学の学園祭が6月にありました。理学部の研究発表をのぞいてみると、そこには「実験派の独壇場」が広がっていました。
「宇宙線でピラミッドの内部を可視化!」
「超精密測定で素粒子の謎に迫る!」
最新鋭の加速器や観測装置の展示に、理論物理の影はどこにもなし。
正直、私はちょっと肩透かしをくらいました。「ブラックホールとかマルチバースの話は…?」と。どうやら理論は形がなく、学園祭の“見せ物”には向かないそうです。
学園祭で感じた“実験推し”の空気
実験・観測派の発表は、宇宙から降り注ぐ「宇宙線」を使ってピラミッドの内部や地中を可視化する最先端技術や素粒子・原子核の性質を超精密に測定する実験など。
機械や実験装置の素晴らしさ、詳細な観測ばかりが強調され、理論物理学の分野は見当たりませんでした。
人気をさらった「ダークマター裁判」
そんな中、観客を沸かせたのが理学部・法学部の合同催し「ダークマター(暗黒物質)裁判」でした。
舞台はロケット輸送費上乗せ疑惑を想定した法廷。原告代理人と被告代理人に扮した専門家や学生たちが、未解明の謎・ダークマターをめぐって論戦を繰り広げました。
裁判の鉄則は「証拠」。ここでもやっぱり観測データが主役。理論物理は完全スルー状態でした。
「やっぱり証拠がないと話にならない」──そんな空気をビシバシ感じました。
教授の本音「観測できなきゃ存在しない」!?
催しが終わった後、私は担当の物理学部教授に「理論物理をどう思っているのか」を尋ねました。
彼は観測や実験重視の立場。理論について「実験や観測で確認されて初めてあるといえる。理論の段階では、ないものと考えている」と語りました。数学から導き出せることについても仮説にすぎず「あくまで数式上のこと」と否定的でした。
理論派の反論「数式は宇宙を描く言語だ」
もちろん、理論派も黙っていません。
理論物理学者の野村泰紀さんは著書で「数学は自然を記述するための言語」と主張し、マルチバースや多次元宇宙を数式で描き出しています。
歴史を振り返れば、理論が先に出て、数十年後に観測で追いついた例は山ほどあります。アインシュタインの重力波もそう。理論は夢想ではなく、未来を切り拓く“予告編”なのです。
マルチバースは夢物語?それとも未来の定説?
異なる宇宙が存在するというマルチバースや多次元世界は、観測による証明はほぼ不可能とされています。だからと言って、なかったことにするのも違和感があります。実験・観測と理論の間には大きな壁が横たわっています。
そして私は“理論推し”
秋からの授業では量子力学や相対性理論を学びます。どちらも数式の世界、つまり理論寄り。
きっと板書は数式だらけ。でも、その数式が宇宙の秘密を解くカギだと思うとワクワクします。
「証拠なき理論は幻か、それとも未来の真実か」──このバトルの行方を、学びながら伝えていきたいと思います。
